日本の学校はゆるすぎる
「子どもを日本の学校に通わせるのは、正直いって不安があるんです。だって、日本の学校教育はゆるすぎるから!」 東京都内に住む30代前半の中国人女性、張琳さんはこう打ち明ける。彼女は都内の企業で働きつつ、2歳半の子どもを育てている。同じ中国人の夫は独立して会社経営しているため、一家は当面、日本に住み続ける予定だ。目下の悩みは、早くもその幼い子どもの進路だという。 「中国に住んでいたときは、日本ではクラブ活動とか総合教育を重視すると聞いていて、すばらしいな、と思っていたんです。でも、いざ自分に子どもが生まれてみると、やっぱり勉強第一、と思うようになりました。ちょっと迷いが生じています」(張さん)有名私立校の「お受験」に励む人たち
私はこれまで数百人に上る在日中国人を取材してきた。日本には全在日外国人のうちで最も多い約73万人もの中国人が住んでいる。 彼らは仕事や結婚、家庭などさまざまな悩みを抱えつつ、この日本で生きているが、主に都内に住む20代後半から40代のホワイトカラー(エリート層)に限定すると、彼らの大きな悩みは「子どもの教育をどうするか」という問題。そこには、在日中国人ならではの理由がある。 私が都内で取材した範囲では、有名私立か、中国人のための中華学校か、という主に2つの選択肢で悩む人が多く、私が聞く限り、進学校を選択する人が多かった。 その理由は何なのか。子どもを私立の有名小学校に通わせている女性、王慧さんはこう語る。 「中国には私立の学校自体まだ非常に少なく、選択肢は多くありません。日本の私立は校風が明確、一貫教育をしてくれるところも多く、子どものレベルもある程度、担保されるからです。その学校は夫の友人の子どもが通っていて、とてもお子さんの感じがよかったことと、勉強熱心なこともあって、そこをお受験しました」〔PHOTO〕iStock
「テストが少なすぎる」「宿題が少なすぎる」
その女性はこう語る。 「悪い意味ではなくて、日本人の場合は、そこそこがんばれば、ある程度やっていけるのです。だってここは日本で、日本人の国なのですから。日本人にはさまざまな選択肢があります。でも、私たちは “マイノリティ”、どんなにこの国に長く住んでも、やはり外国人なんですよね。 中国人と日本人、まったく同じ成績だったら、日本人のほうが有利だし、就職でも先に採用されるでしょう? それは仕方がないこと。 だから、私たちは日本人よりもがんばらなくちゃいけないんだ、という気持ちで、日本のゆるい教育に流されることなく、歯をくいしばってやってきたんです。それは、子どもはこの国で暮らしていくんだから、という意思表示でもありますね」 彼らが日本の教育を「ゆるい」というのは、あくまでも母国・中国との比較に過ぎないのだが、たとえば「宿題の量が少なすぎる」、「テストが少なすぎる」などの例を挙げる人が多い。 中国では普通の小学生でも宿題は毎晩11時までかかっても終わらないほどの量で、テストも毎日のように行われているからだ。テストのたびに成績も発表され、優秀な順にクラス分けされる。中国では中高でも日本人が考えるような本格的なクラブ活動はほとんどなく、恋愛禁止、勉強一辺倒の生活を送ることがごく普通だ。〔PHOTO〕iStock
「最低でも早慶以上でなければ」
とはいえ、子どもを東工大に入れた女性のように、スパルタを意識して子どもを育て、日本の一流大学に進学する子どもはかなり多い。 帰化している例もあるため、中国人の子弟の日本での進学率を示す統計はないが、日本人の私の友人で、都内の学校に中高生を通わせている親からも「うちの子のクラスメートに中国人がいて成績優秀だ」という声は頻繁に聞こえてくる。10年前までは考えられなかったことだ。 私が取材した趙剛さんは在日中国人2世で慶応義塾大学の学生。中国の内陸部出身の両親はともに20年以上前に来日し、都内の一流企業に勤務している。 趙さんは父親が親しくしている中国人家族と食事会やゴルフに出かけることがあるそうだが、そこで一緒になる子息たちは、多くが東京大学や京都大学など国立の名門校の出身ばかりだったとか。 「びっくりしたんですよね。大学院まで行っている人もかなりいました。私は少年野球をやってきて、中学から慶応でした。ずっと野球漬けの学生生活を送ってきたので、ちょっと肩身が狭くて……。 彼らに会うのは気が引けました。父の友人の中国人コミュニティでは、私のような存在は少数派かもしれません。皆エリートで教育熱心な人が多く、『(子どもの)大学は最低でも早慶以上でなければね……』という雰囲気でした」母国の厳しい競争を考えると……
彼ら(両親)が子どもを日本の進学校や有名大学に進学させたいと願うと同時に、日本の学校で大丈夫かと悩んでもいるのは、在日中国人同士のライバル心やメンツがある。そして、母国・中国での激しい受験戦争も関係している。 中国では幼いころから詰め込み教育が行われるのが普通だ。人口14億人の中で抜きん出るためには、人一倍努力しなければならない。中国では生まれた場所、戸籍などによって、努力だけでは一流大学に進学できないが、もし一流大学に進学できれば、二流大学、三流大学の人よりも高い給料を得ることができ、いい人生を送ることができる。13 億人の競争を勝ち抜かなければならない〔PHOTO〕iStock
中華学校という選択
一方、もうひとつの選択肢が中華学校だ。中華学校とは海外に住む中国人のための学校のことを指す。日本には中国系、台湾系合わせて5つの中華学校がある。東京(四谷)、横浜2校、大阪、神戸だ。 中でも有名なのは横浜山手中華学校で、同校には小学部、中学部の合計で約600人の子どもが在籍している。95%が中国にルーツを持つ子どもたちだ。近年は在日中国人の増加に比例して入学志願者も増加し、小学部の倍率は約5倍という狭き門。横浜山手中華学校〔PHOTO〕著者提供