ペット葬儀で後悔しないために

ペット葬儀に基準はあるの?
多くの飼い主は、いざという時になって、葬儀業者を探そうとするだろう。 試しにGoogleで「ペット葬儀」と検索してみると、約1600万件もヒットした。「追加料金なし」「丁寧、安心のサービス」「業界最安値」など宣伝文句が踊る。安値をうたう業者がある一方、ぜいたくなものでは生演奏付きの音楽葬まで! ペットの葬儀って、一体何を基準に、どう選べばよいのだろうか。 「ペットの葬祭業というのは、地域密着型のビジネスなんです。人間の場合、出身地に帰ってお葬式をする、というケースもありますが、ペットの場合はたいていが、お住まいの地域にある葬祭場を利用する方が多いと思います」 安さをうたう業者も増えているが、葬祭業の価格は各社の自由設定。ガイドライン的なものはないという。 「地元の方々からお仕事をいただくわけですから、その地域に古くからある葬祭会社があれば、そこの料金が基準になります。ですが、どんなやり方をしても、内容はどこも大きくは変わりません。後発の葬祭場でしっかりした設備を整えた葬祭場であれば、当然、コストがかかっている分、ある程度高くなることはあるでしょうね」 ペットの亡骸を荼毘(だび)にふして、収骨するのが、ペット葬儀の基本。そのお骨を飼い主が引き取るのか、別に納骨先を探すのかは、その先の話になる。 「ペットとのお別れのセレモニーなど、付加価値をつけている会社はたくさんあります。ただ、それもごく簡単なもの。ご自宅に簡易祭壇を設けて、お友達とペットを偲ぶ時間を持ったりする。価値観はそれぞれですが、そうした時間をもつことが、ペットロスの軽減にもなるんです」
大事なのは飼い主の「納得感」
だからといって、不要なまでに華美な演出をすることには、疑問を感じるという。 「人間でもペットでも同様ですが、お葬式というのは、ご遺族の気持ちの問題です。華やかな祭壇やセレモニーで飼い主さんが癒されるならば、価値のあることでしょう。けれど、ペットの葬儀は人間に比べたら非常に規模の小さいもの。列席者の数だって限られますよね。変な言い方ですが、そこで『見栄』を張る必要もないわけです」。 人間の葬儀やお墓など、弔いのあり方もどんどん質素になってきている昨今。大切なのはお金をかけることよりも「納得感」だという。 「立派なことをしたかどうか、よりも大切なのは納得感です。自分にできることは全部やった、という思い。ご自宅に仏壇や祭壇がなくても、お経を読めなくても、一定の流れに沿ったやり方でお弔いして、簡単でも遺影や位牌、遺骨に手を合わせる。それだけでペットロスは少しでも減らすことができると思います」 伊東さんの「ペット葬祭センター 日本ペットセレモ」でも、火葬の際に読経はないが、希望すればお坊さんを手配してもらえる。後日、四十九日や一周忌の法要を希望する飼い主さんも少なくないという。 「大切な存在を亡くした喪失感を、日にちをかけて立ち直っていくプロセスは、人間の葬儀とまったく同じです」 ペット葬祭場やペット霊園の中には、法要殿があって節目節目の法要ができたり、犬連れで気軽にお参りに来られるようドッグランがついていたりするところも。 「そうした施設が立派になっていくのも時代の流れですね。あまりにみすぼらしいと『こんなわびしい所に預けてるのか…』と、飼い主さんが自責の念にかられてしまう。必要以上に華美であるのもどうかとは思いますが、納得がいく程度には整っているほうがいいでしょうね」
「遠すぎて墓参りができない」
ペット葬儀の際にトラブルがあると、「ペットロスが悪化する」と伊東さんは指摘する。 「ついつい悲しい気持ちにかられて、あれもこれもとオプションをつけて、予想外のお金を使ってしまった場合など、飼い主さんは自分を責める傾向にあります。亡きペットに対して『ごめんね、ごめんね』という気持ち。それが立ち直りをさらに遅らせてしまいます」 これまでに見られたトラブルで多いのが、「どこでどのように火葬されているのかわからない」「お骨を預けたが、お参りに行けない(行かせてもらえない)」などのトラブルだという。 地域密着とはいえ、住宅街の中に火葬場は造れない。どうしても郊外となる。そのために多いのが、葬儀場があまりに遠いというものだ。 「もしものときはここにしよう、とせっかく決めておいても、ネットで見た住所は事務所だけ、というケースもあります。人里離れた場所でないと造りにくい施設だとはいえ、あまりにも遠くて、いくつも山道を越えていかねばならないような場所は現実的とは言えません。また、お骨はこちらでお預かりします、と言われて何も考えずに料金を払って預けて、後日お参りに行こうとしても会わせてもらえない、というケースも。ここに納骨堂がありますからいつでも来てくださいね、って言われていたのに、言ってみると鍵がかかっていて開かず、無人だったり」